丸いぷくの日記

統合失調症持ちのぷくが自分の実体験や日常生活などを気ままに書くブログです。

はじめての精神疾患~私がうつ病と診断されるまで~

 今日はぷくがはじめて精神疾患として診断されるまでの流れを簡単に書いていこうと思います。
本当は関連した疾患に関する本を読んで照らし合わせて説明していこうと思いましたが、まだ本を読めていないため、ひとまずは私のはじめの精神疾患の診断がつくまでの
お話をしようかなあと思います。

 

私が精神疾患を患いだしたのは20代前半の頃でした。

私のその時の健康状態はというと、大学を卒業するまで病気らしい病気など風邪くらいしかひいたことがなかったので、けっこう頑丈というか健康だったと思います。

大学を卒業し、看護師として病院に就職しました。新人看護師として忙しい日々を過ごしてましたが、休むことなく他の同期の看護師と一緒に業務を頑張っていました。

就職してから1か月が過ぎてくると、少し自分の体調に異変を感じることがありました。

妙に吐き気がするのです。食欲もなくなり、朝起きるのが辛い。

きっとそれは疲れが出始めたのだろうと思い、特に気にすることもなく出勤していました。

このころ、就職から一か月もたつと他の同期はバリバリ働けるようになっていました。
一方で私はなかなか日勤の業務の流れにスピードがついていかず、看護記録も適切にかけないようで先輩看護師に何度も訂正されました。居残りの日々がはじまりました。
記録のために深夜まで残ってやり直すという日々が続き、帰宅する時間は0時を過ぎることがほとんどでした。かなり遅いときは2時に帰宅することもありました。


0時くらいなら帰宅してすぐ就寝したら翌日に問題なく出勤できるものですが、自分は翌日に自分が担当するだろう患者さんにどういう行動計画で看護するか優先順位づけが苦手であり、遅い自分の仕事をさらに遅くするのが不安だったり、何かミスをして患者さんに負担をかけることが恐怖で、早く病棟にきては準備をしていました。
出勤は6時30分くらいにして、早くきてカルテから患者さんの看護に必要な情報収集をして準備しないと不安だったのです。

日勤かつちょっと夜勤の時間くらいまで滞在していたので、夜勤の先輩看護師から

「大丈夫? なんで夜勤までまだいるの?」

とよく心配されていたのを覚えています。

このように睡眠時間が少ない日々が連続して続いたため、私の体調も徐々に悪くなっていき、ある日自分にとっては恐怖の体験がおとずれました。

いつものように朝、出勤し、更衣室にて着替えていると突然息ができなくなったのです。まるで陸でおぼれたような感覚だった気がします。
更衣室にはまだ自分以外だれもきていないため、助けを呼ぶこともできません。
そうこうしていると、わけがわからないまま更衣室で倒れてしまいました。

しばらくして呼吸できるようになり、自分の病棟の師長に電話をしました。


……と、ここまでは覚えているのですが、あとはどうだったかは当時パニックでもおこしていたのか、記憶が曖昧になっています。
たしか休憩室までは自分ひとりで歩いていき、そこで先輩看護師にパルスオキシメーターを指につけてもらって、どうやら過呼吸だったのではということになったような気がします。

 

その出来事から私は病棟に行くことや病院に行くことに強い不安と恐怖を持つようになってしまいました。

 

職場の病院には車で通勤していたのですが、駐車場にとめても車からでることができなかったり、病院の入口から足が進まなかったり、運よく病棟まで行くことができても、勤務中は動悸、息切れ、吐き気が起こって仕事どころではなくなっていました。

早退もするようになり、自分のせいで周りに迷惑をかけ続けていることに強い罪悪感をもつようにもなりました。

すると、出勤して不調を起こしながらも業務をおえて記録をするためにナースステーションの奥に一人こもっているときでした。

だれもいない部屋の外から先輩看護師たちが私の悪口、陰口を話している声がはっきりと聞こえました。

自分は本当に迷惑しかかけていないんだと罪悪感はさらに強くなりました。


………当時はこれは現実に言われていたと思っていたのですが、今でこそ思えばもしかしたら幻聴だったのかもしれません。
ただ、精神疾患に自分がかかっているなど当時はまったくわかってなかったので、幻聴なんて微塵も考えられず、ただただ落ち込んでいきました。
(でも、本当に陰口とか言われてた可能性もあるので、もはやどっちかなんてわかりませんがね(笑))


そういったことがあったせいか、私は人と関わることが恐怖でしかたありませんでした。


病院、病棟にいくだけでも不安で一杯、同僚の方々や患者さんと関わることも恐怖で一杯。

このころになると、強い吐き気でトイレにこもりっきりだったりナースステーションから動けなかったりと使い物にならないぽんこつ看護師となりはててました。

ある日、倒れてしまったために空きの病室のベッドで点滴をうけて休ませてもらったときは申し訳なさと罪悪感と自己嫌悪で死にたくなっていました。


そんなこんなで、師長や主任から、どうも心理的なことが影響してるかもしれないから精神科外来を受診してみたらどうか と提案されました。

師長が外来の精神科の医師に連絡してくださったおかげで、勤務途中に抜けて精神科外来受診ができました。

自分が勤めていた病院には精神科外来があったので、そうした対応をしていただけたのだと思います。

精神科外来を受診すると、先生に最近あった自分の症状などをお話し、先生からの質問に答えていくと、

はじめの過呼吸をきっかけにパニック障害を発症したらしく、そこからうつ病になっているのではないか ということでした。


パニック障害とかうつ病とか…

看護学校に通っているときに精神看護の教科書とか実習で学んだ知識としては知っていましたが、まさか自分がそうなるなんてとショックで呆然としていました。
それでも、わけがわからない症状に振り回されて苦しんでいたので、診断名がついたことには安心しました。


安心したものの、これからどうしたらいいのかという不安がありました。仕事を辞めるなんて自分の中でありえないというか、勤めて3年はつらくても耐えてあたりまえと思っていたからです。

また、同僚の方々にたくさん迷惑をかけまくったのに何も恩返しできてないことも自分の中では許せないことでした。

すると、先生は


「誰でも調子が悪いときはある。風邪をひいて休んでいる人に無理やり出勤させて働かせても他の人にうつす可能性だってあるし、風邪のひとがいつもの力を発揮できるとも限らない。


うつも同じことだから、今は数週間お休みをとって休息と治療に専念したほうがいい。意外とゆっくりやすめるだけで復帰できる人もいるから、まずは身体と心をやすませることをしてみようか」

と、おっしゃいました。

私は数週間お休みをもらい、その間、精神科外来を通院して休息と治療にはげみました。


ただ、あいかわらず病院にいくという行為だけでも自分にとっては強い不安で、過呼吸におそわれながら通院するという状態だったのを覚えています。

しかも、お休みをもらっていることに対して罪悪感を感じるようになってしまった私は、うつ病を悪化させてしまい、通院以外は外にでることもできず、そもそも何もできない状態になってしまいました。

そうした症状から、中途半端に雇用された状態であることが私の病状を悪化させていることもあり、師長と精神科外来の主治医の先生、私、私の母親と相談のもと、退職することになりました。

そして、うつ病の治療として入院することをすすめられました。

私がうつ病であることが恥だとか、自分の甘えだとか思い込んでいたことや、他の同期はみんなきちんと働いているのにそれができない自分は無能で生きる価値がないと思っているせいで、病状がどんどん悪化するからです。
患者としての自覚がないために、今はまだできないことを認めきれない状態が、悪循環をうんでいたようでした。


そこで、患者としての自覚をもつために、また他の同じように精神疾患をもって苦しんでいる患者さんを知るために、それから治療のために、私は精神科の入院施設がある病院へと入院することになったのです。


そうして私はとある病院で3か月間入院することになりました。

 

これが私の発症から入院にいたるまでの経緯です。


当時を思い出すと、今でも苦しくなってしまうもので、一気に全てを(入院のことや退院してから、その後のことと今に至るまで)書くのはむりそうなので、今回はここまでとさせていただきます。

読んでくださりありがとうございました。